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時には色々考える 障害者家庭で育った私

泣いて苦しんでた あの頃の自分を 優しくなでてやりませんか

誕生日がくる数十分前、私はたまたま道頓堀川のほとりに座ってた。

ついさっきまで、近くの沖縄料理店でお笑いライブを見てた。ぼっち参戦というやつだ。沖縄からネタをひっさけげ大阪のお笑いに挑みにきた、3人の若者のエネルギーを眩しく思い出す。

30歳を少し過ぎた青年が、「僕のおかあ(母親)と同じ歳なんですね」といいながら、お誕生日おめでとうと言ってくれた。出産が早かったら、私にもこんな大きな息子がいたかも知れんのか。50年って長えな。怖えなw

そして、グリコのにーちゃんが嬉しそうに走ってるネオンを見ながら「アンタは何代目やったっけ。ずーっと道頓堀川に向かって走ってるよな。変わってるようで変わらんな」などと、ほうじ茶をすすってしみじみ座っていた。

道頓堀川というのは、阪神タイガースが優勝した時にアホが一杯飛び込んだ川のことだ。グリコのにーちゃんが代々ランニング姿で走ってるあの川でもある。実に沢山の観光客があそこで写真をとるよね。USJに行かん人なら、大阪の記念撮影スポットダントツNo.1はこの川のほとりだろう。

大阪で生まれ育った私にとっても、あの川は大阪の象徴でもあり、「アホやなあw」と笑ってきた川でもある。そして、むっちゃベタな表現やけど、あの川が流れてる通称「ミナミ」と呼ばれるエリアには、せつない思い出のかけらがいくつも落ちている。手をつないで堂々と商店街の真ん中を歩いてたのは、今から何十年前だったんだろうな。

少しヒトサマとは違う人生を歩んできた私も、あれこれ経験しながら無事に半世紀を生きてくることができた。この年齢の時の父、この年齢を迎えた時の母を思い出す。どちらももう、自分の足で道頓堀川にくることができない状態だった。平坦とは言えない50年だったけれど、自分の意思でどこにでも行ける人生は本当にありがたいものだ。沖縄のお笑い芸人3人に会うために、私は夜行バスで大阪に戻ってきたんだもんな。歳甲斐もなく落ち着きのないヤツだ。

川は人生のようだなと思う。

この半世紀。いろんなものが心の川面を流れていった。もうどこに行ったのか分からなくなったもは数知れず。けれど、いつまでも川岸に引っかかったまま、ぐるぐると水流にもてあそばれて心の壁をこすり続けているものもあるんだよ。

ゴツゴツとコンクリートに打ちつけられ続けてる。あいつにもし感情があるとしたら、いつまでも回転してぶつけられたらイヤやろな。抜け出して自由になりたいと思うんちゃうか。

日付が変わった。

私は50歳になっていた。

人生100年時代という言葉に自分が当てはまるとしたら、50歳というのは人生の折り返し、非常に重要な転換点だと思っている。

ヘタしたらあと50年生きることになる。多くの人がお金の面から老後を心配している。もちろん私もそうだ。うちは夫との年齢差が大きいのでなおさらだ。夫が平均寿命まで生きたとし、私も平均寿命まで生きたとすると、私は約20年もひとりで暮らしていかねばならない。えらいこっちゃ。

何歳まで生きようと、半世紀という大きな節目までたどり着いた同世代の人に言いたい。

お金の心配だけじゃなく、若かったころの自分を振り返ってみませんか。

心の重石になっている気持ち、あなたにもきっとあるのではないですか。これから先の人生は、身体だけでなく心の弾力も次第に失われていくわけですよ。

断捨離をしてすっきり手放さなきゃならんのは、家の中のガラクタだけじゃない。心の中でうずいている、持て余している、そんな負の感情にも、そろそろ決着をつける時だと、私は50歳の誕生日を迎えた日に思ったんですよね。

思い出すたびに「うわあああああっ!!」となる恥ずかしさ。いつまでも心に刺さっている棘のような不快感。時間を巻き戻したいと切に願う後悔。なぜこんな目に遭わなきゃいけないんだという心の叫び。忘れたくても忘れられない憎しみ。

人間ってのは誰でも、色んな黒歴史を抱えて生きている。歳を食ってありがたいなと思うことは、段々と冷静に過去を見られるようになることだ。地面近くでモノを見てると、建物は大きく見える。けれど、段々高いところに昇るにつれ、それらは小さくなり、全体像がはっきり見えてくる。

もちろん、今でも近くて大きな壁にしか見えないものもある。俯瞰するにはまだ時間が掛かるのかもしれない。ヘタしたら一生、壁を見つめるしかできない大きな「建物」なのかもしれない。

一生忘れてはいけないこともある。例えば、取り返しのつかない罪を犯してしまったことへの、真摯な贖罪の気持ち。

でもね。

半世紀を越えて生きてきて思うんだよ。

幼かったあの日。若かったあの日。泣いて苦しんでいた自分の頭をそっとなでてやりませんか、と。

あの苦しみ、あの恐怖。

本当にあなただけが悪かったんですか?あそこまで苦しまなくてもよかったんじゃないですか?数十年前を思い出し、ひとりで泣いている若い頃の自分の姿が浮かんだら

「よお頑張ったな。悲しいよな。でもアンタだけが悪いんと違う。それからな。もうちょっと時間が経ったら段々楽になる。元気になる。思いつめたらアカンで。将来のアンタは、こうやって笑って生きてるで。大丈夫や。大丈夫やからな。本人が言うんやから、ホンマやで」

そう心の中でつぶやいて、泣いている若かったころの自分、幼い頃の自分の頭を、そーっとなでてやりませんか。

あなたの心の川面で、いつまでも固い川岸にぶつかり続けている何か。ぶつかるたびに心に痛みを感じる何か。いまのあなたなら、それをすくい上げて楽にしてあげられるかもしれませんよ。

だから、歳をとるのも、案外 悪いもんじゃないと思うんですよ私。

次の50年を前向いて生きていくため、これまでの50年に整理をつけてはどうですやろか。

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ちーでる

多発性脳海綿状血管腫(家族性・脳幹部含む)を持つ軽度障害者です。与えられた身体や生活環境と折り合いをつけ、最大限の楽しみと幸せをつかみたい、と思いながら生きてきた半世紀を綴ってます。海外ひとり旅歴35年。京都大学卒。医学・医療系大学の講師をしてきましたが、新しい暮らしをしてみたくて退職しました。これからの人生を少しでも楽しいものにしたいです。

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