健康管理は大切 家族性多発性脳海綿状血管腫 沖縄

●脳幹部多発性脳海綿状血管腫の症状と経過③ 娘の場合 2

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家族性多発性脳海綿状血管腫を持った実の娘が、発症後どのような経過をたどったかを書いています。2記事に分けています。この記事はその後半部分。よければ前半部分もお読みください。

●脳幹部多発性脳海綿状血管腫の症状と経過③ 娘の場合1

私は家族性多発性脳海綿状血管腫を持つ患者のひとりだ。脳幹部にもある。しかし血管腫を持っているのは私だけではない。母・弟・娘の脳内にも海綿状血管腫(脳幹部含む)が存在した。つまり、私を含めて4人の人間に ...

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私や娘の血管腫は家族性(遺伝性)です。母と弟も海綿状血管腫を持っています(持っていました)。同じ病気でも発症時の様子や治療法が違ったので、家族別に経過をまとめてあります。

●脳幹部多発性脳海綿状血管腫の症状と経過① 母の場合

私ひとりで、脳幹部を含む多発性脳海綿状血管腫の症例を4つ書くことができる。私も含めて身内に4人の同病者がいたからだ。非常に珍しいケースだと言われたことがある。私達が経験した症状や経過を、その人 別にま ...

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●脳幹部多発性脳海綿状血管腫の症状と経過② 弟の場合

私ひとりで、脳幹部を含む多発性脳海綿状血管腫の症例を4つ書くことができる。私も含めて身内に4人の同病者がいたからだ。母・私・弟・私の娘の4人。父は別の血管奇形(脳動静脈奇形)だった。 4人の海綿状血管 ...

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娘の海綿状血管腫の闘病記録。続きを書こうと思う。

血管腫を持ち、じわじわと症状が出始めた時、娘は17歳だった。

ある日、娘の部屋から何かが落ちる大きな音がした。落ちたのは娘だった。椅子から転げ落ちて意識がない。とっさに「多分これは脳出血だ」と確信し、すぐに救急車を呼んだ。

救急車の車中で病歴や倒れた時の状況を尋ねられた。

「部屋でパソコンを打っている最中に倒れた。家族性多発性脳海綿状血管腫が脳内にいくつもある。一部は脳幹にも。少しずつ数が増えていた。手足の力が落ちてきた、疲れやすいと言い始めていた」

救急外来のドアに突っ込むように運ばれていった娘の後を、杖をつきながら私は追いかけた。血管腫のせいで私も右足の力が弱く、ストレスが掛かると症状が強くなる。

娘は右手足に軽い麻痺がでた。手の指は少し丸まっている。字が書けるところまで戻るといいな。自然な歩き方ができるところまで戻るだろうか。

私の両親は、いずれも脳血管奇形からの出血や手術で重度の身障者になった。2人のリハビリの様子を私ははっきり覚えている。辛い戦いだった。この子に耐えられるだろうか。その不安をかき消すように、私はこう自分に言い聞かせ続けた。

「両親よりも麻痺が軽い。そして若い。まだ17歳だ。そして強い夢を持っている。大丈夫。きっとリハビリに耐えられるはずだ」

どんな病気であっても、将来への夢を持って生きている患者は強い

娘には夢があった。会いたい人達が沖縄にいると。

ひとりは、沖縄独自の言葉でお笑いネタをやり、youtube経由で本土でも名前を知られるようになったお笑い芸人。名前は じゅん選手。彼のネタは少し崩した沖縄語(このブログ内では「ウチナーグチ」と書く)。本土の我々には何を言ってるかほぼ全く分からない。沖縄の若者の多くも理解できない言葉だと聞いた。ユネスコから絶滅が危惧される言語だと指定されたそうだ。

娘曰く

「伝わらない言葉で人を笑わせる不思議な芸人さんに私は会いたい。消滅がほぼ確定してる言葉を残したい、そう話す姿をyoutubeで見た。この人の気持ちに嘘はないと直感で感じた。できれば直接お話をしたい。その強い気持ちがどこから出てくるのかを知りたい。

解体される農連市場にも行っておきたい。沖縄は、第二次世界大戦の地上戦で何もかも失った島。必死に働いて子供を育ててきた方々の生きる熱量を感じたい。許されるなら、市場の片隅で一緒にモヤシのひげ根をとりながら、お話をしてみたい。

世の中の流れに流されず、悲観せず、前を向いて生きてきた人達に会いたい。生きるというのがどういうことか、教えてもらいたい

お母さんはよく言ってたよね?その土地の雰囲気をしっかり感じるために、旅はひとりで行くのが一番だって。だから私もひとりで行きたい。そのためには、ひとりで歩ける身体に戻さないといけない。じゅん選手のウチナーグチを理解するためには勉強もしないといけない。だから字が書ける手に戻さないといけない」

決意は強かった。けれど現実はとても厳しかったようだ。

ベッドのそばに、誰に借りたのか知れないけど、「生きていてもいいですか」というタイトルのCDが置かれててぎょっとしたことがある。中島みゆきさんのCDだ。

じゅん選手のサイン色紙も発見した。

どうやって手に入れたんだ?と尋ねたらこんな言葉が返ってきた。

「友達に色紙と封筒を買ってきてもらって、お願いの手紙を添えて所属事務所に送った。リハビリの励みが欲しかった。元気になったら定期ライブに行きます。力を下さいと書いた」

額に入れて病室に飾り、リハビリに行く時は必ず持っていった。

「お会いしてお礼をしたい。お陰さまで元気になりました、新しい言葉も覚えました。笑いに来ました。そう伝えたい」

頑固な性格が幸いした。手足の機能は少しずつ回復していった。言葉の勉強をするために字を沢山書いたこともリハビリになっていたと思う。

あと数日で始業式だ、というある日。娘はスキャナーの前で教科書をpdf化し続けていた。

カバンに教科書を入れてみたら想像以上に重かった。背中に背負うことも考えたけど、混雑してる駅で突然後ろからぶつかられたら倒れてしまう。教科書は学校に置いておき、予復習はpdf画像でやればいいんじゃないかと思って。

とのことだった。

なるほど。持ち歩くのがルーズリーフだけなら体は楽だな。学校に戻れるな。よかったな。

しかし遺伝子は残酷だった。

次の日の朝、娘は起きてこなかった。いつまで経っても起きてこない。ベッドに寝ていたのは、もう呼吸をしていない娘だったからだ。

あの子はひっそりと旅出った。誰にも見送られることもなく旅に出た。布団の上にはウチナーグチの本と沖縄のガイドブックがちらばっている。沖縄の夢をみながら空に向かって飛んでいったことだろう。

葬式をした日は、4月だというのに東京でも大雪が降った日だ。

沖縄の4月から5月ってのは「うりずん」とよばれる素敵な季節なんだってよ。行ってきなさい。暖かくて美しい沖縄を見てきなさい。そして、じゅん選手を驚かせないよう、ライブ会場の隅っこで笑ってなさい。

家族性脳海綿状血管腫の年間出血率は16.5%だと聞いた。しかも多発性だしな。解剖などはしなかったけれど、原因はおそらく2度目の脳出血だったんだろうと思っている。脳幹部の血管腫から出血すると、程度によっては命が危険にさらされる。

覚悟はしていた。私の脳幹にある血管腫とどちらが早いか。年齢的には確実に私だろう。そう思ってたのに。

私は娘の代わりに沖縄へ行き、お笑いライブを見てくることにした。お礼を伝えたいので、○月の定期ライブに伺います、と伝えたうえで。失礼ながら、会場の外で休憩中のじゅん選手に声をかけ、お礼を言った。その時に掛けられた言葉の中に

「お母さん、明日の沖縄タイムス、読んで下さいね」

という一言が含まれていた。沖縄タイムスは、じゅん選手がウチナーグチでコラムを書いてる新聞だ。それを読んでくれという意味なんだろうと理解した。

ライブの次の日。ホテルのロビーで新聞を開いてみたら

本土のファンから似顔絵が届いた。ウチナーグチを勉強している高校生の女の子から

とウチナーグチで書かれていた。まさかこれ、うちの子か?

後で知ったことだけれど。

「そうです。娘さんが贈ってくれた似顔絵です。ライブの次の日に載せてもらえるよう、記事を調整しました。本土で沖縄タイムスは読めないんじゃないかと思ったから、お母さんが確実に沖縄にいる日を選んだんです」

沖縄県内で大活躍中の芸能人が、本土の1ファンをここまで大事にしてくれるのか。

この人の話を聞きたいと言った娘は間違ってなかったな。会わせてやりたかったな。じゅん選手と名乗る褐色の肌をした島人(しまんちゅ)は、本当に心優しい青年だった

私も彼のネタで笑わせてもらおうと決心し、遺された教材でウチナーグチをゼロから勉強し始めた。全く分からない言葉の海で溺れるような日々だ。当時の私はほぼ50歳。年齢は言い訳にしない。この言葉を覚えたいという気持ちが、不安定な心を支える柱の1本になっていたな、と今振り返って思う。

今の私は、最低限のやりとりならウチナーグチでできる。歌詞をウチナーグチに訳して歌ったりして楽しんでいる。来年度に体調が許せば、毎週沖縄の大学に通い、ウチナーグチをしっかり身につけようと思っている

大学を選ぶにあたって、琉球大学の先生に歌詞を見ていただいた。

「私よりもお上手です。若い私の授業ではなく、もっとレベルの高い授業を受けた方がいいです」

謙遜とお世辞もテンコ盛りだぜw と思いつつも、先生の指示に従って、別の大学の授業を受講する決心をしたところだ。

私は命の敵討ちをしたい

この奇形はなくならない。段々大きくなっていくだけだと言われている。誰が悪いわけでもない。強いて言うなら遺伝子だ。けれど、遺伝子を責めて解決することは何もない。だから、生きている限りはやりたい事をやり尽くしておきたい。これが命の敵討ち。母と娘の代わりに人生を味わい尽くしてから死にたい。

病状の話より思い出話の方が多くなってしまった。この病気の医学的なことは別の記事にまとめてあるから、必要な方はそちらも読んでみて下さいね。もっと読みやすく、情報を整理・追加するために、これからしっかりリライトします。

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この血管奇形に限らず、人はいつ人生の終わりを迎えるかは分かりません。私もそうです。年々血管腫からの出血痕が増えています。これを書いているのは病院の中。少し出血をしたようで、右手足の感覚がさらに鈍くなってきたんです。全く予兆はなかったです。

母や娘と同じように、私もいつかは致命的な出血を起こすのかもしれないですね。予兆がないから全く分からないんですけれど。だからこそ、やりたい事を叶えるために私は生きていきたいと思っています。

健康寿命は短いです。というか私は既に障害者手帳を持っているので、もう健康とは言えません。だからこそ、楽しく生きていこうと思ってます

 

最後まで読んで下さった同病者のあなたへ

  • 無駄に不安を大きくしないよう、正しい知識を持って下さい
  • 出血リスクが高くなるから高血圧にだけは気をつけて
  • 定期検査は絶対に受けて下さい
  • やりたいことは後回しにせず、アホなことも含めて楽しいことを沢山やって生きていきましょう
  • 手術以外の根治はムリだそうですが、身体に現れた症状(頭痛やてんかんなど)を薬で緩和して生きることはできます
  • 医師の指示には必ず従いましょう

 

このブログは、人生が半世紀を越えた海綿状血管腫を持つオカンが書いています。繰り返し言います。仕事量は減らしましたが、健常者と同じ仕事を今も続けています。薬で症状を抑えながら平和に生きています

検索でここにおいでになった方。

心が落ち着いたら。体の状態が許す限り、前向きに攻める人生を送りませんか。たとえ変人だと思われても、やりたいことをやっておきましょう♪ 健康であっても、人生は私たちが思うほど長くはないですから

 

万が一のために アフィとか度外視でこれを準備して下さい

娘の時には配車サービスアプリがなかったので使えなかったんですが、今なら使えます。いざという時に、チンタラと電車やバスを乗り継いで、家族が救急搬送された病院にはいかないでしょう?タクシーじゃないですか?便利にお得に乗って下さい。紹介コード(UTK6NNF4)を入れたら1000円の割引券がもらえます。リンク先に具体的な手順を書きました。

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2019年8月20日から沖縄でも利用できるようになったDiDiを使って、8月23日にタクシーに乗ってみました。 DiDiというのは、タクシーを呼ぶところから支払いまでアプリ内で完結するサービ スで、ソ ...

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救急搬送された私自身が「やっぱり持ち歩いててよかった!」と実感したモノを全部書きました。家族が到着する前に必要な情報が沢山あります。たまたま夫が病院に来られない時に倒れたので本当に助かったんです。どこで倒れるかも分かりません。準備を万端にして命や身体機能を守りましょう!

●自分の医療情報を安全確実に持ち歩くには

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いめゆんな

多発性脳海綿状血管腫(家族性・脳幹部含む)を持つ軽度障害者です。与えられた身体や生活環境と折り合いをつけ、最大限の楽しみと幸せをつかみたい、と思いながら生きてきた半世紀を綴ってます。海外ひとり旅歴35年。京都大学卒。医学・医療系大学の講師です。

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