ひとり旅 家族性多発性脳海綿状血管腫

飛行機で幾つもの国境を越えたてきた。脳海綿状血管腫と共に。

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「あの・・脳海綿状血管腫があるんですけど、飛行機で旅をしてもいいですか?」

私の脳海綿状血管腫は多発性。脳幹にも脊髄にもたくさんある。

主治医が変わるたびに必ず尋ねる質問は2つ

 

重い物を持ったりジョギングをしたりしても大丈夫ですか」

「全然問題ないです。軽い運動は身体のためになるので積極的に!」

 

それならば。

「あの・・旅はどうでしょうか?

飛行機内の気圧は地上の9割程度。ヤバそうだよな止めとけって言われるかも知れないな・・。

 

旅!いいじゃないですかあ。楽しみましょうよ~。北海道とか?沖縄とか?温泉もいいよねえ~

え、海外にひとりで行くの?

うわあ、勇敢だねえ(いい歳して家庭はどうするの?)

ん?18歳から放浪してるから慣れてる?ちなみにどこ行ったの?

・・へ?!よく無事だったねえ。湾岸戦争前だったから?・・あの辺、まだ無事なんだっけ?

シベリア鉄道でアフガニスタン帰りのロシア兵とウオッカ一気飲み対決?!マジかwwwww!

旅に出るのはいいけどね、もう18歳じゃないんだからそんな無茶はやめてよ。病気じゃなくてもそんな無茶はダメw

 

私の一番の趣味はひとり旅。

国境を越える時の高揚感を感じながら。

ぎりぎりまで手放したくない高揚感を噛みしめながら。

ガイドブックに載っていない土地で、私はずっと自分を試していた

 

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海綿状血管腫の症状が少し顔を出してきた。だから飛んだ。国境を越えた

扇子を持つ代わりに 私はパスポートを持った

なんでそんな無茶をしてきたかは長くなるので別記事に譲るとして。

18歳、つまり大学生になってから今に至るまで、ずっと私はひとりで旅をしてきた。

いちばん頻繁に旅をしていた頃は、バブル経済の真っただ中だった。同じ年頃の女の子は、高い服と綺麗に伸ばした長い髪をキラキラさせて笑っていた。本物の毛皮を着て大学に通う女子大生もそんなに珍しくない時代。そんな中で私は、お金を少しずつ貯めて旅費を作り、天然パーマの髪をざくっと結んで、パスポートと共に何度も国境を越えた。

 

ぐずぐずしてると 私は飛べなくなるかもしれない

少しずつ字がヘタになってきた。原因は血管腫からの出血だ。

もうきたか。私にはもうあんまり時間がないのかもしれない

 

既に母は右半身麻痺と発話能力を奪われた障害者。脳海綿状血管腫からの出血量が多かったせいだ。

弟は脳幹部の血管腫をガンマナイフで焼いている。

父は能動静脈奇形の手術で左半身が不自由な障害者

 

飛ぶなら今だ。ぐずぐずしてると私も車椅子で移動することになる。

テレビや本では見られない景色を見たい。生きていく力が自分にどれだけあるのかを試したい。

 

若さは自分が本当にやりたいことに使え

「そんなお金があるんだったら、ちょっとはオシャレをしなさい」

と苦言を呈する親戚もいたけれど知るか。カネと時間には限りがあるんだ。好きでもないことに使うのは単なる浪費。口紅も持ってねーよ。それがどーした。

「あんたもディスコで踊ってくれば?」

好きな人がやればいい。私は他のことをしたい。流行を追えばいいというもんじゃない。人と同じことをして何が楽しいの。ワンレンボディコンで真っ赤な口紅。お立ち台でパンツみせながら振る扇子。私には全く興味のないものばかりだった。

変人?

時流に逆らって生きる人を変人と呼ぶなら、それは誉め言葉。平凡な人・特徴のない人と呼ばれるよりずっといい。

 

障害者の両親は 一番症状が軽かった私に自分たちの夢を託した

「親御さんがよく許したわねえ・・」

と眉間にしわを寄せる大人もいた。確かにそうだよね。

ところが、うちの親は私を止めるどころか

行きなさい。世界を見てきなさい。空を飛びなさい

と言わんばかりに、父は積極的に私を空港に送迎した。肢体不自由な障害者でも運転できるように改造した車に乗って。嬉しそうだった。

若くして身体の自由を奪われた両親は、子供だった私に自分たちの夢を色々託してきた。旅もそのひとつだったんだろう。赤いパスポートを持って手荷物検査場に入っていく私の姿に、自分の姿を重ね合わせていたかもしれない

 

父は飛行機にも新幹線にも乗らずに死んだ。

母は車椅子から転げ落ちて死んだ。

幼い頃から病弱だった弟は冒険を好まない青年に成長した。

私は飛んだ。私だけが飛んだ。何度も飛んだ。

 

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少しずつ身体が壊れていく病気を持っているからこそ。物を買うな。経験を買え

若い時の経験が 病状が進行した今を支えてくれている

昭和の終わりから平成元年を経てバブルが崩壊するまでの10年あまり。

あの頃と比べたら今の私は軽く廃人だな、と自嘲することがある。でも、あの10年間の経験の積み重ねのお陰で、今の私の身体と思考能力でも、国内であればひとりで全く不自由なく旅ができる。最近のことは忘れがちでも、昔覚えたことは頭にも身体にもしっかりと沁み込んでいる

 

経験は将来の自分を救う

変人でよかったよ。

毛皮や扇子を買うよりも経験を買ってよかったよ。経験は将来を生き抜く武器になる

パスポートは災害時持ち出し用のカバンの中に入れてある。あれは私の心の軌跡。

私は、女性ひとり旅バックパッカー歴35年の変人。手足がしびれ言葉を話すことが難しくなってきたけど、私は変人を貫いた若き日の自分を誇らしく思っている

 

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いめゆんな

多発性脳海綿状血管腫(家族性・脳幹部含む)を持つ軽度障害者です。与えられた身体や生活環境と折り合いをつけ、最大限の楽しみと幸せをつかみたい、と思いながら生きてきた半世紀を綴ってます。海外ひとり旅歴35年。京都大学卒。医学・医療系大学の講師です。

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