日々の喜怒哀楽 脳海綿状血管腫

まだ働けるのに仕事を辞めた脳海綿状血管腫患者を例にして。人生の重大な決断を下す前にすべきことは何か

私は昨年度一杯で仕事を引退することにした。30年以上続けてきた、強い愛着がある仕事をあえて辞めることにした。

肩たたき(退職勧奨)された訳ではない。むしろその逆だ。続けようと思えば、今年度も続けていくことができたというのに。

今日は以下の3点について書いてみたいと思う。

  • 自主退職を選んだ理由 
  • 私が何を考え、実行し、最終決断を下したのか
  • 退職後にどんな暮らしをしているのか

 

自ら仕事を手放した理由は、多発性脳血管腫がややこしい場所にあったからだ

 

私の血管腫の状態と身体症状

誤解のないように先に書いておくけど、多発性の血管腫を持っている人は仕事をしちゃいけないということではない。

血管腫の大きさや場所は人それぞれ。仕事が身体に掛ける負担も人それぞれだから。

 

私の脳海綿状血管腫は致命的な場所に多数存在する

私の血管腫は数が多く、大きな麻痺を起こしたり命を取られかねない場所にある。たとえば以下の通りだ。

  1. 昔からある血管腫がどんどん大きくなっている(微出血を繰り返しているということだ)
  2. 新しい血管腫が増えている(MRI上で黒く映っており、これも出血痕だと説明された)
  3. 脳幹部に多数の出血痕がある(何が起こってもおかしくない場所だ)
  4. 脊髄にも複数存在する(脳に近いほど麻痺する高さが変わってくる)
  5. 血管腫のせいで癲癇を起こしており、薬で抑えきることができていない 

血管腫が引き起こす症状も多岐にわたる

上記1にあたる血管腫は、手足の動き・体のバランス・言語機能をつかさどる場所にある。ウオーキングで筋肉をつけ、なんとか杖なしで歩けるようになったけれど、以前は杖を突きながら職場に向かっていた。

バレないように職場近くのトイレで杖を畳み、倒れないように気をつけながら教壇に立つ。グラっと身体のバランスを崩しそうになった時は、「ここまで太ってるとダルマみたいなもんや。不安定やねん、痩せなあかんわなあw」と笑いでごまかしていた。

 

上記2の血管腫のせいで、計画的に物事を片付けることが段々できなくなってきた。ルーティーンワークはこなせるけれど、新しいことをやれと言われたら脳がパニックを起こし、頭の中がカーッと熱くなり、無理をすると意識が朦朧として、やがては布団で横にならないといけない状態になる。1日の活動時間を大きく削がれてしまう。

 

上記3の脳幹部は、脳全体から伸びている神経がぎゅっとまとまっている場所だ。どの神経をやられるかが読めない。最悪命にかかわる。

 

上記4も大変なことになる。私の場合は、一番高いところにある血管腫は、デコルテと呼ばれる首と胸の中間地点くらいの場所。ここから出血すると腕より下の機能が全廃。身体を支える機能、足を動かす機能、排泄機能にも致命的な影響を残すことになる。

 

上記5は、血管腫が増えれば増えるほど症状が悪化する。今のところは足の硬直と意識がぼーっとするタイプの発作が多い。けれど、いつまでもその状態でいられるとは限らない。今だって薬で症状が抑えきれていないのだからなおさら。

 

実はもっと早く退職すべき体調だった。なのに仕事を辞めなかった理由は3つある

てんかん症状や手足・言語機能の劣化は、今から10年前からずっと続いていた。自分に合った薬の組み合わせが定まるまでの数年間は、通勤時に何度意識を失いそうになったか分からない。今思えばよく生きてたなと思うくらいだ。

そこまでして仕事を続けていた理由。おそらく多くの人と同じじゃないかと思うけど書いてみる。

  1. 金銭面の不安がぬぐえなかったから
  2. 好きな仕事を手放すのが惜しかったから
  3. 仕事がなくなったら自分のアイデンティティが壊れると感じたから

金銭面の不安

ぶっちゃけ、私が仕事を辞めても日々の暮らしに困ることはなかった。それでも働いてたのは、老後資金を少しでも多く残したかったからだ。

なぜなら、うちは夫との年齢差が12歳あるせいだ。夫は61歳から年金がもらえるけれど、私は65歳まで待たねばならない。つまり、私が77歳になるまでは、夫の年金だけが頼り。いったいいくら貯めとけばいいんだ?働けるうちは何とか働いた方がいいんじゃないか?

好きな仕事を手放したくない

私は教える仕事が大好きだ。適性もあったみたいだ。教育実習で母校の高校で授業をした時、「もう既に高校教師として通用する。今の教科担当よりうまい。絶対教師になるべきだ」というアンケートをたくさんもらって嬉しかった。

私の母校は東大京大阪大に100人単位で合格者を出す進学校。生徒が求めるレベルもそれなりに高い。実習でげっそり痩せていく子が多い中、私は授業が楽しくて仕方がなかった。噂を聞いた若手教師が、私の授業を見学して勉強していたと後で聞いた。

快感だった。お金をもらいながらこんな楽しいことをしていいのか、ってくらい気持ちよかった。こういうのを天職と呼ぶのかもしれない。本業に選んでからも、基本的にはその気持ちに変わりはなかった。

自分のアイデンティティの一部だ

私から仕事を引っこ抜いたら一体何が残るんだ?と真剣に悩むくらい、仕事をしていない自分が想像できなかった。35年も同じ仕事をやってると、仕事は身体と心の一部になるんだねきっと。

 

まだやれる。でももう辞めよう。自然にそう思える時がやってきた

話す仕事なのに言葉が出てこなくなった

過去の実績に助けられてるせいか、仕事のオファーは結構あった。好きな仕事なので最後まで悩んだ。でも今の私は健常者を装えない。とっさに言葉が出てこないのは、話す仕事をするうえで致命傷となる。もう小手先のテクニックでごまかし切れない。自分が一番よく分かってる。

惨めな姿でしがみつきたくない。大好きな仕事だったんだから

そんな情けない自分がイヤになってきた。しかも、症状が悪化することはあっても改善する可能性は低い。

ってことは、年々仕事の質が落ちていくってことだ。やがては使い物にならなくなり、クビを切られて惨めに去っていくことになる。

許せない。そんな自分は許せない。惜しまれるうちに辞めたい。ホコリみたいな誇りでも、私にとっては大切なこと。

花道を飾って去りたいんだ。この仕事が大好きだから。みじめな記憶にしたくないんだよ。

「いつ大きな出血を起こしても悔いがないよう、命を何に使うのか考えてください」医師が私にそう言った

手術で摘出したら脳がぐちゃぐちゃになるほど私の血管腫は数が多い。これから増える可能性も高い。だから切除して終わりじゃないんだ。

経過観察するしかない。血圧コントロールをするくらいしか、できることがない状態。医師の見解はおおむね一致していた。

人前で話す仕事は、いくら慣れてても楽しくても血圧が上がる。延命最優先。命より大事な仕事はないもんね。

薬が合わない苦しい時期を乗り越えて今まで頑張った。もう十分だ。やり切った。悔いはない。

 

そう言い切れるまでに、実はいろんなことを考え、たくさんのことを試してみた。次の項目で書き残しておこうと思う。

 

 

仕事を手放す決意が固まるまでに私がやったこと・考えたこと

仕事を手放すには金銭的な不安を減らす必要がある。老後にいくら必要かを知らねばならない。恐怖のタネを抱えたままでは思い切った決断はできないものだ。

なにもフィナンシャルプランナーの手を借りる必要などない。簡単な方法がある。

  • 家計簿をつけ、1年間いくらあれば生活できるのかを知る
  • ムダな出費・不要な出費を洗い出し、削る方法を考える

 

家計簿をつけた。ごくざっくりとエクセルで

買った品物の名前などどうでもいい。面倒なことは続かない。私が立てた費目は以下の通りだ。子供にかかる費用がないので、大体こんな感じに収まった。

 

 

月単位で把握するもの

  • 食事に必要な食費・お菓子・外食(お菓子や外食費を別にすることで、無駄食いが減り、ダイエットにもなる)
  • 光熱費・スマホなどの通信費(UQモバイルに乗り換えた。電話をバンバン掛けたり長旅に出たりしなければ、ひとり2000円で済む)
  • マンションの管理費
  • 衣服費(仕事をしなくなればおのずと減る)
  • 日用雑貨
  • 散髪や化粧品など身だしなみを整えるための費用
  • 小遣い(我が家はカネが掛かる趣味を持たない)

 

 

 

工夫してるポイント

  • 税金は別項目にする(消費税は今後変動する可能性が高い。純粋な消費支出でもない)
  • 夫が自分で買う食品は別項目(レシートを出せというと面倒くさがるし、管理が面倒。買ってるものから大体の支出額を見積る)
  • 通販で買う食品は数か月分のまとめ買いなので別項目(年単位でいくら掛かってるかを把握したいので分けてある)
  • 前月の余りは繰り越す(予定外に支出がかさんだ時に助かる。年単位で予定額に収まってるかを知りたいのでOK)
  • 無駄な買い物、予定外の支出、日雑などイレギュラーな支出はメモっておく(毎年発生する支出じゃない・記録にもなる・反省材料にもなる)

 

無駄な買い物をメモることで反省材料になる。私にとっての家計簿は生活費の無駄遣いを反省する材料。

年単位でいくらなのかを知りたいだけなので、繰り越し金は次月予算にプラスする。

ちなみに3月の予定外支出がかさんだのは、私が大学に合格したので入学金を払ったため。

 

年単位で計算するもの

  • 年払いの保険料
  • 年に4回払う固定資産税
  • 旅行費用
  • 帰省費
  • 交際費

 

何事も数字をはっきり把握すると不安が減るものだし、対策を立てやすくなるというものだ。

 

支出を削る際に必要だと思うのは次の2点

  • 生活コストを削る際には、「これは命と引き換えにしてまで買わなきゃいけないモノか?」レベルで考えること。下らないミエも捨てよう。命の方が大事よ
  • 逆に「これを削ったら生きている意味がない」と思う支出(趣味も含めて)は、いきなりゼロにしない。反動がデカくて節約が続かない(でも極力おさえたほうがいいよ)

 

結果としてウチの場合、夫の老齢年金と私の障害年金で生活費がまかなえると分った。

贅沢をしなければ老後用貯金を取り崩さずに済みそうだ。これで一気に気持ちが楽になった。

 

決断を妨げていることが分らないときは、思いつく言葉を紙に書きなぐるといい

頭の中でモノを考えても堂々巡りでなかなか答えが出ないものだ。脳内にあるものを可視化することで頭の整理がつきやすくなる。

実際に私がやった方法は以下の通りだ。

 

  • 大きな紙を準備
  • 頭に浮かぶことを書きなぐる(「上司うぜえ」みたいな、短くて感情丸出しな言葉でいい。自分の本音や不安を洗い出すのが目的だから、気取った事を書く必要はない)
  • 書き切ったら、似たような言葉を線でつなぐ。項目がいくつかに絞られてくるはずだ。
  • 項目の一つ一つを解決する方法、マシにできる方法を考える

 

メリット

  • 頭と心が整理されることで、冷静に物事を考える余裕が生まれる
  • 何が問題なのかをはっきりさせておかないと、友人に相談時に困る。友人も自分も困る。いいアドバイスがもらえないよ。
  • 書くのはタダ

 

専門家のアドバイスを求めるのはこの後だ。専門家だって、問題点がはっきりしないと助言のしようがない。

占いとか宗教などにすがる人もいると思う。否定はしないけど私はやらないな。占いはお金が掛かるし、宗教は人に弱みを握られる。

両親が亡くなった後、とある新興宗教からえげつない(とてもひどい)勧誘を受けまくった。2度とごめんだ。

 

仕事がなくなった後の喪失感って、意外と感じないもんだね

理由は単純。仕事をするので精いっぱいだったので、やりたいこともやるべきことも大量に残っているからだ。シャープさがなくなったアタマでたくさんのことを片付けるには時間が掛かる。「これから何をすればいいんだろう」と悩む余地がなかった。

 

  • たとえば老前整理。将来介護ベッドや車いすが入ってきても大丈夫なスペースを確保したい
  • 読んでない本を読んでおきたい
  • 昔の思い出の品も仕分けしたい
  • 行けるうちにに行きたい
  • 新しい言葉を勉強したい
  • ブログも書きたい
  • ピアノも再開したい
  • 買物の回数を減らすために食材をしっかり管理して腐らせないようにしたい
  • 料理のレパートリーも増やしたい
  • 足の筋力を維持するため、ウオーキングは欠かせない

 

コロナ禍で家に閉じ込められてる昨今だけど、毎日が楽しくて仕方がない。インドア派なのでなおさら。

 

まとめ

退職・アーリーリタイヤのような重大問題を考えるときには

  • 辞めたら何に困るのか、問題点をしっかり把握すること
  • 問題点がはっきりわからなかったら、紙に書いて頭の整理をすること
  • 仕事がなくなっても自分の人生や価値観が壊れる訳じゃない。むやみに怖がらないこと
  • 死ぬまでにやりたいことは何なのか、しっかり把握すること
  • ミエははらない。「命を犠牲にするくらいなら、『食えればいいレベル』まで生活コストを削る方がマシだ」と思えるか。自問自答が必要

 

これは安易に退職を勧める記事じゃない。病気を持っている人が主なターゲットになっているってことも書き添えておく。よく考えた結果、やっぱり仕事は辞められないという結論になるかもしれない。

でも、問題解決の方法自体は、どんな境遇にいる人でも使えると思う。問題点を冷静に把握することから始めよう。パニックになっているだけでは不安に振り回されて辛い時をすごすだけだよ。

 

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ちいでる

●家族性多発性脳海綿状血管腫(脳幹・脊髄も含む)を持つ軽度障害者 ●両親が重度障害者の家庭で育ちました ●たとえ平坦じゃなかったとしても、人生は何とかなるもんですね!

-日々の喜怒哀楽, 脳海綿状血管腫

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