脳海綿状血管腫に関すること

乳癌の骨転移だろうか【脳海綿状血管腫日記】

 

肋間神経痛のような痛みが現れた

肋骨の一番下あたりに鋭い痛みを感じるようになって1年半になる。丁度下着が当たる場所だ。

仕事が終わり気持ちが緩んだ時、服がこすれるたびに皮膚が痛むのに気づいた。次第に痛みは体の内部へ。皮膚と骨の間にズキズキと重鈍い痛みが溜まっていく。

週明けを待って市民病院を受診した。

 

市民病院では原因不明と告げられる

受付で看護師に症状を伝えると、内科を受診してくれとのこと。

診察後にレントゲン・心電図・血液・尿の検査を一通り済ませ、検査の結果が出るのを待った。

結果はこうだ。

「正直、なぜ痛みが出るのか分かりません。ひょっとすると肋骨が折れている・・・?のかもしれません。お大事に」

 

骨が折れてる?転倒した覚えはない。骨密度は平均を上回っている。なのに知らないうちに骨が折れてるなんてことがあるのか?

何が起こってるか分からんのに、どこをどう「お大事に」すればいいんだ?私は次に何をすればいいんだろう?

 

そう聞こうとしたが、聞いてもこれ以上のことは分からないんだろうと雰囲気で察し、波風を立てても無駄だと思いそのまま帰った。

 

近所の整形外科に通っても痛みは引かない

念の為、2年続けてきたプールでのウオーキングを止めて様子を見たが、痛みは一向に治らない。調子が良くないときは真裏の背中に鈍痛がする。

近所の整形外科数軒に通ったが、揃いもそろってレントゲンを撮って

「折れてませんね。湿布を出しときます。電気をあてに毎日通ってください」

で終わりだった。整形外科で言われる言葉は、たいてい判を押したように同じ。そして痛みは引かない。いつものことだ。

 

よく効く針灸院に3度通ってみたものの

今度は、よく効くことで有名な針灸院に通った。中国語の鍼灸本の翻訳で有名な先生で、10年前の開業当時に何度かお世話になったことがある。

この先生の施術法は深刺し。身体の奥まで何本も鍼を打つ。

私の背中の筋肉に一部とてもかたい場所があるとかで、太い鍼を特別に数本追加された。

鍼を刺されたまま30分程度放置。そして施術後には強い肩こりのような鈍い痛みと眠気がくる。昔と同じだ。

帰宅後は泥のように眠った。

 

ところがまだ痛みが引かない。

「発疹が出たことはありませんか?」

ヘルペスからくる神経の痛みではないか?という確認だ。しかし私の皮膚にはヘルペスの発疹は一切出てきていない。

 

通院3回目。うつぶせになっている背中越しに、先生と弟子が話している声が聞こえた。

「3回打ってダメだったら鍼では無理だから」「これ以上患者さんを引き留めてはいけないよ」

 

この先生が良心的なところは、「この症状なら大体●回で治る。それでダメなら原因は別にある」とはっきり言うことだ。

患者を引き留めるためのセールストークを一切しない。いつも予約がいっぱいで困っているぐらいだから。

 

この先生が言うならおそらく正しいんだろう。3度打っても全く症状に変化がなかったのなら、別のアプローチを考えるべきだ。

結局3回打ったところで通院を止めた。

 

 

脊髄にある海綿状血管腫からの微出血だろうか?

体の不調を感じるたびに、私が真っ先に疑うのは脳出血だ。

血管腫が1つなら、「この症状が出たら脳出血。それ以外の症状なら原因は他の病気だ」と見極めがしやすい。

 

ところが私の脳や脊髄には無数と言っていいほどの血管腫がある。どこの血管腫が出血したかによって身体に現れる症状は様々。

だからたとえば「耳が聞こえづらいな」と思った時は、一応耳鼻科に行くけれど、悪いのは耳そのものではなく、音をつかさどる部位で微出血を起こしたせいなのかもしれない。

本当に耳鼻科だけでいいのか。脳外科に行くべきなのか。でも行ったところで治るわけじゃないのでいつもそのまま様子を見ている。

 

多発性の海綿状血管腫を持っているがゆえの悩みの種だ。

 

脳外科の診察を受けたことがある大学病院に行ってみた

体の痛みをとるペインクリニックというのがある。注射や薬で痛みを緩和させ、次第に痛みをなくしていく治療を行うと聞く。

整形外科ではダメだと分かったので、ペインクリニックで痛みを取ってもらおうと思った。

 

血管腫が脊髄にもある私は、なんかあった時のために脳のことが分かる病院で治療を受けたほうがいい。素人だけどその方が絶対にいいと思う。

なので、有名な大学病院の麻酔科を選んだ。

ここの脳外科に何度か掛かっているので、私のデータや診療記録が残っている。他科との連携がスムーズな病院だから、通うならここだ。話が早い。

 

肋間神経痛の治療法の1つに硬膜外注射というのがある。背骨周辺に向けて痛み止めを打つんだと説明を受けた。

「ですが海綿状血管腫が脊髄にも多数あるということなので、痛みの治療は、胸部から腹部にかけてのCTを撮影してからにしましょう」

 

すぐに治療が始まるのかと期待してたので少し残念に思ったけれど、血管腫を刺激して下半身麻痺なんてことになったら一生が台無しになる。

画像をもとにして脳外科とカンファレンスをするので、2週間後に診察をさせてくれとの指示だった。

この1年半付き合ってきた痛みだ。あと2週間待ったっていいや、大したことじゃない。

 

その2週間後の診察が2日前に終わった。そこで思いがけないことを告げられることになる。

 

 

胸骨の1つに異常があります

今日こそは治療が始まるだろうと期待して入った診察室で、先生が私に見せてくれたのはCT画像だった。胸の高さの脊髄骨が写っている。

 

「ここ、胸骨の12番なんですが、CT画像でここだけ白く写っています。脳外科の先生の見解では、脳外科的に何かできる問題ではないとのことです。

白く写っているのは、何らかの理由で骨に傷がついているものと思われます。少し膨らんでいるようです。

恐縮ですが、一度整形外科で診察を受けて頂きたいんです。その間、痛み止めをお出しします。

整形外科の予約が取れるのは1カ月後ですから、長く待っていただいて申し訳ないのですが

整形の診断を踏まえたうえで麻酔科の我々は対処したいと考えております」

 

この病院の先生方は、ほぼどの先生も丁寧に患者と向き合ってくださる。言葉遣いだけでなく、説明には説得力もある。

私は納得して診察室を出た。時間が掛かるのは大病院だから仕方のないこと。色んな方向から原因を探ってもらうのが最善策だ。

 

胸骨が白い原因は何だ?

疑問が湧いたのは会計を待っている時だった。

 

「脳外科は関係ないということは、痛みの原因は血管腫ではないってこと。つまり私は脳以外に疾患を持ってるってことだ。

何の理由もないのに骨に異常が出るはずはない。どこかにぶつけたり無理な運動をしたわけでもないんだから、骨が痛むのは何か病気のせいじゃないか?」

 

ぞわっと怖くなってスマホを取り出した。「背骨 CT 白い」と入力して画像を探し続けた。googleのサジェストワードがどんどん変化する。

最後にたどり着いたのは「乳癌からの骨転移」とタイトルがついたページだった。

 

素人が画像で調べただけだから、ガン検査を受けてみないことには何とも言えないけれど、確かに白くなっていると素人目にも分かる画像が数枚見つかった。

とある病院のサイト説明によると、骨からスタートするガンは非常に少ないそうだ。つまり骨にガンができるのは、別の場所で進行したガンからの転移が大半だと。

 

もし原因がガンの骨転移だとしたら

脳血管腫の場合は、基本的には出血は微量なので、出血一発で命を取られることは少ない(場所と大きさによる)。

じわじわと身体の機能をそがれていきはするけど、ペースがゆっくりなので、自立生活をそれなりに送りつつ、のんびりと将来に備えることができる。だからこれまでの私は自分のペースで暮らすことができていた。

 

ところがガンはそうはいかない。

転移してるってことになったら「余命はあとこれくらいです」の世界だ。

時間がない。人生設計が狂う。

 

そもそもガンだと決まった訳じゃないんだけど、仮に転移したガンだとしたなら、私はやり残したことを片付け切ってこの世を去れるだろうか。

いや、ムリだ。悔いはない人生だと思えるには、未達成の夢がまだまだたくさん残っている。

 

物事は最悪を考えて進めねばならない。命にかかわりかねないならなおさらだ。

この病院での診察は1カ月後だ。

ガンだったとしたら1ヵ月ものんびり待っていられない。ダメだ、自分で動かなければ。

 

取り急ぎ乳ガン検診を申し込んだ

 

大学病院の整形外科の診察まで1ヵ月。ガン年齢的には50代はそこそこ若い。進行スピードはそれなりに速いはずだ。一刻の猶予もない。

 

まず私がやったのは、ガン保険に先進医療特約をつけ忘れていないかを確かめること。

先進医療特約がついていれば2000万円までの先進医療費が保険でカバーされるからだ。

ガンと診断されてから保険に入りなおしても、告知義務違反で保険は無効になってしまう。

 

保険証券を取り出した。

大丈夫。保険外治療を頼んでも大丈夫だ。ちゃんと先進医療特約が付いている。この検診でガンだと言われても、お金の面では大きな心配はない。

今まで何度も検診を受けてきた病院の予約をとった。

 

 

病気に慣れている積もりでいたけれど

背骨が白く写っていると言われてから、乳癌検診の予約を入れるところまで。一貫して私は冷静だった。とても冷静だった。

一大事になればなるほど私の頭はクリアに動き、心から感情は消える。

家族全員が何らかの脳血管奇形で障害者になったので、ヘンに病気慣れしているからだろう。

 

子供時代の私にとって、脳出血や身体障害というものは日常生活の中に当たり前に存在するもの。なにも特別なものじゃなかった。

大抵のことは自分で考えて行動した。両親が障害者だったので、頼れるものは最終的に自分自身しかない。親戚がアテにならないことも、幼児の時の色々な体験から分かっていた。

 

けれども。

夫に病院でのことを話しているうちに、心の底から感情がじわっと湧いてきた。

「脳血管腫が大量にあることだけでも人生のハンドリングが難しい。

ガンじゃなかったとしても背骨がおかしくなってることは確か。何か別の病気が潜んでいる。

それが一体何なのか。何だったとしても私はもう参った。さすがに疲れた、病人であることに疲れた」

 

夫は何も言わずに話を聞いていた。

 

やがて立ち上がって台所の方向に歩き出す夫。

何をするのかと後姿を目で追っていたら、いきなりタマネギをカゴから2つ取り出し、冷蔵庫からナスビとピーマンを出してきた。

「ご飯にしよう。作るから座ってて。寝てしまっててもええよ。明日食べたらええねんから」

 

脳血管がややこしい女を妻にしたことだけでも、この人にとって人生の不覚だったに違いないというのに。

病気のことで夫が私を責めたことは本当にない。25年連れ添ってきたけど一度もない。

この人のためにも、私の健康寿命を縮めるわけにはいかん。この人の人生の重荷になってはいけない。

 

とりあえず。とりあえずあと2日待って、原因と考えられる疾患をひとつづつ潰していかねば。

病気まみれの私が夫に示せる誠意は、身体を守ろうとする努力以外には存在しない。

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ちいでる

家族性多発性脳海綿状血管腫(脳幹・脊髄も含む)を持つ軽度障害者。治療不可。大きめの出血を起こして命を奪われる前に、私が生きた半世紀の記録と経験を書き遺します。具体的には45キロやせたダイエット法・病気や障害をぶち抜いて幸せをつかんだ記録・意外と楽しい今の暮らし・ひとり旅バックパッカーの旅行記など。大阪出身。

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