ひと想う心 脳・脊髄から血が出る暮らし(病人の毎日)

恋を聴く人

5カ月にわたる入院生活の中で、私は多くの若者から恋を聴いてきた。相手は同じ入院患者だったり、病院スタッフだったり、とにかくみんな私よりずっと若かった。

私はいわゆる「恋多き女」ではないけれど、「恋長き女」ではあった。12歳から始まった初恋は、その後10年間も続いたんだ。そして、元気なころから、ひとの恋を聴く機会も多い女でもあった。

多分その頃の名残が、雰囲気の中に残っていたのかもしれない。だからふと、利害関係のない私に、ちょっとした相談をしたくなったんだろうな。中には、相談だけで済まなかったケースもある。

 

以下の文章は、そんな長い入院期間の中で、若き恋を聴きながらブログに綴っていた文章の転載となる。そのブログは非公開で、パスワードを知ってる唯一の若者に宛てた私信ばかり。その若者は、恋の相手に私を選んだ。

きっと誰も信じないだろう。おそらく30代後半の優秀な医師が、あろうことか勤務先の病院内で、12-13歳くらいの初恋少年化してしまっただなんて。しかも、その相手が、当時100キロ近い体重を誇る還暦前の女だっただなんて。

 

医師には厳しい医療倫理の順守が求められる。患者に恋をし、その感情を言動で表現しちゃダメなんだ。世の中には、バレなきゃいいと割り切って、上手に患者と付き合う医師もいると聞く。

しかし、この文章を宛てた医師は、厳格に倫理を守る清潔な男。倫理をぶち破るような感情を持った自分を責め続け、それでも理性で気持ちを抑えられず、毎日病室の中で、「これは初恋の衝動を抑えられない少年がやることだよ、君、大丈夫か?」と思い続けてきた。

 

私の何が彼を初恋少年化させてしまったのか。当然ながら容姿じゃない。そんなことは、100キロもある岩石だもの、自分でもよく分かってる。

彼が気持ちを揺らした理由、それはおそらく、少年時代の心の渇きだと私は感じたんだ。厳しい受験戦争に勝ち抜くため、周囲の大人が、受験に最適化した少年として彼を育ててきたんじゃないかと。人に無条件に甘えたり、ダメなところを見せても見捨てられないと知る機会を人生の中で得られぬまま、彼は医師としての鎧を着続けてきたんだろう。

のどの渇きをずっと我慢させられたまま生きてきたんじゃなかろうか。...... 恋を聴き続けてきた私の、経験値からの推測なんだけどね。

 

彼が心の全体重をかけて私に気持ちをぶつけてしまったのは、何十年にもわたる愛情への渇きを、私が満たしそうな雰囲気を持ってたからだと思う。子供として甘えたかった。その気持ちが限界点に来ちゃったんだろう。多分、12-13歳頃に経験することが多い純粋な初恋も、勉強の邪魔になるノイズとして黙殺しちゃったんだと思う。

 

人は、満たされなかったときの姿を常に心に宿していて、その感情を満たそうとするときには、その年齢の姿かたちで想いを表現するものなんだ。だから、病院の中で少年のような言動をとってる医師の彼を見て、「この子は小学校高学年から中学生の頃、自我を相当抑圧して生きてたんだろう。恋を知ることすら自分に許さなかったんだろう。その反動が、今の彼の姿なんだ」そう思ったんだよ私。

 

だから、その病院を転院する前に、「君宛てにブログを書き続ける。パスワードは君しか知らない。IPも割らない。私の存在が君の心の渇きを少しでも癒すなら、別の病院から言葉を飛ばす」、そう伝えておいたんだ。

...... そんなの、読むかよw きっとほとんどの人がそう思うよね。でも、彼の心の渇きは本物だったんだ。ずっと読んでた。ブログのレンタルサーバーからアクセスログを見続けてたから、分かったことだよ。彼はずっと、私の文章を追い続けてくれてた。

 

そんな彼宛てに書いた文章のうち、公開しても差し支えないものだけを、ここに改変して転載しようと思うんだ。

以下は、そのうちのひとつ。

 

くり返しになるけど、中年女の妄想だと笑う人を私は否定しないよ。誰も信じないさ。逆ならまだしも。つまり、若い医師に恋した中年女の話なら分かる。でも、その逆はありえねえよと。...... でも、世の中には、小説を越えた事実ってのがあり、妄想のようなリアリティもあるんだ。

分かる人にだけ、そっと届けばそれでいい。

じゃあ、貼るよ。彼は研究者としても素晴らしい。だから最後には、学会ネタを置いてある。私、思うんだ。その位置に立つまでに、君の心は何十年も乾きっぱなしのまま頑張ってきたんだなって。君、ほんとうに立派だよ。

 

 

基本私は恋を聴く人。

 

聞いてもらうことで適温に戻る恋心。でも、聞き役がいないと加熱し、暴走し、運が悪いと自爆する。それが恋心。

暴走して自爆する友人を見たくない。だから私は恋を聴いてきた。

 

でも一度だけ受け止めかねたことがある。ただ聴くだけでは済まなくなり、強硬に止めた。結果として、高校生から仲良くしてきた友人を失った。
強硬に止めた理由は以下の通り。彼女は部下に恋してしまったんだ。しかも25歳下。

 

年齢はいいんだ。年齢差より価値観の一致が大切。でもね。直属の部下が相手ってのがマズい。
年下の部下から恋われるならまだしも、上司である年上女性が25歳年下の部下を追う。これは圧が強すぎる。パワハラになりかねない。よほど上手くやらないと難易度が高い。

 

高校生の頃から不器用な恋ばかり続けてきた彼女には、年下の部下を恋愛のフィードに載せるだけのスキルがない。しかも仕事で直接の上下関係がある子はまずい。

 

はっきり書くなら、彼女は看護師長。部下にあたる若手の看護師が相手。それでなくても心の機微に敏感な職種。
せめて別の病院の若い子ならいいんだけど、同じ職種で同じ病院。これはダメだ。

 

私は初めて、恋にもの言う人になった。
聴く人だと信じられてた私が強硬に止めた。それに驚かれ、「でも」「でも!」と、彼女は自分の恋の正当性を私の心の中から引き出そうとする。

 

恋を聴く人というのは、なんでも肯定する人じゃない。ダメなものはダメってという人だよ。

 

結局、自爆した。

 

彼女の冷蔵庫の中には、義理チョコを装った本命チョコへのお返しが、白く変色したまま。
あのお返しチョコ、いつまで残してたんだろう。ひんやり冷えた箱のなかで。

 

私は反省した。それからは、自分が聞ける範囲の恋だけを聴こうと決めた。

 

だから、私がそーっと聴いている恋は、そのまま持ってていい恋。
積極的に話してくれる恋も。密やかに温めている、息づかいしか聴こえないくらい小さな恋も。
私が聴き続けている恋は、私の中では良い恋。長く大事にしていい恋。

 

私、ダテに10年も初恋を続けた人じゃないからね。子供から大人になるまでの10年だからね。同じ人と10年一緒にいた女だからね。

 

だから信じてね。
私が知ってる範囲において、「続けていいよ」って思う恋は素敵な恋。

 

「好きです」と言えない恋だっていいんだよ。その小さな灯火、ずっとずっと大事にしてね。
恋を聴く人くりからんは、そんな恋も応援するよ。

 

最後は恋を語る人として締めてみたよ。恋について書いたのは、ずいぶん久しぶりだ。いいもんだね、人を恋うる心というのは。
読んでてくれたら、ありがとう。

 

曲をひとつ紹介するよ。 高校の頃に同級生から送られた歌。医学部志望の理系男子らしいチョイスだよ。
さだまさし」「傾向と対策
で検索すると出てくる。特に最後がいい。出だしで笑えるのは50代以降かな。

 

 

種明かしして終わろう。この文章ね
  •  問題提起(恋心は時に暴走する)
  •  症例提示(自爆した友人)
  •  考察(その恋をどう扱うべきか)
  •  結論(君の恋は続けていい恋)
  •  謝辞と参考資料(さだまさし) 
この形にはめてみたんですが、症例報告っぽくなってましたでしょうか?

 

以上、病室からスマホでお送りいたしました。あなたの知性と感性に届いてましたら幸いです。

 

●次回作の予告です●
軽いエッセイを1本仕上げました。理系の頭脳に恥ずかしげもなく三角関数で挑みます。完全に自爆作。気楽な気持ちでさらっと笑ってください。そろそろお疲れも溜まっていることでしょう。読み流し系に仕上げています。「tanΘは地球を破壊する」がタイトルです。

 

 

転載は以上だよ。

私、自分の足で歩けるようになり、またこの子に会える日がくるまで、文章で彼をつなぎ留めとこうと思ってたんだ。あと数か月先、もしまだ彼の心の中に強い渇きが残っているのなら。20年先に生まれてここまで生きてきた人間として、君の渇きを癒してやろう、そう思って。

なんか、見てて胸に迫るものがあったんだ。若い頃の私にも、似たような心の渇きがあったから。将来のために今を犠牲にして崖を登り続けるストイックさ。君は受験のため、私は家庭環境のため。事情は違っても、私も愛情の渇きに苦しみながら大人になってきたからね。

 

君の恋は続けていい..... そう書いた。恋の相手が私だと分かった上で、すっとぼけて書いた。要するに、「私は君の感情を正面からちゃんと受け止める。渇きを癒せ。20年先に生まれた大人として、責任をもって手を貸すから」、そう伝えたかったんだよね。

なんで今、この記事を転載してまでここに貼ろうと思ったか。

一昨日、この子の外来に行ってきたんだよ。「君が切ったこの身体、ちゃんと自分の足で歩けるところまで治ったから」、そう伝えに行くために。そして、まだ心の中に渇きが残ってないかを確かめるために。

結果としてどうだったか。

たった半年で、彼は立派な男になっていた。でもその背中の向こうから、懐かしい初恋少年が、顔を出したり引っ込めたりしながら照れくさそうに笑ってたよ。

 

歓迎してくれて、ありがとう。

 

文中の「さだまさし」「傾向と対策」ってのはね。恋を知らぬ理系少年向けに、

恋ってのは一種の心のアレルギー反応なんだ。特定の人に反応し、色んな不具合を生じる感情、それが恋。君が病院内でやらかしてる、抑えたくても抑えられない奇行の原因だよ。それは決して理性の敗北でも、プロとしての心の緩みでもないんだ。はしかと同じ。大人になってから出ると症状がデカい。だから君はいま苦しいんだ。でも、君が初めて真正面からぶつかった恋だから、自分を責めず、その感情と経験を一生大事にしてね」。

そんなことを伝えたくて、わざと検索しないと分からないように書いたんだ。

理系の研究者だもの。分からないことは絶対にスルーできまい。そう思ってさ。

 

一昨日会った初恋少年化した医師、ちゃんと分かってた。そしてしっかり折り合いをつけてたよ。自分の恋心と、医師としての理性に

恋を聴く人くりからん、命を救われた医師の渇きを癒せてたなら、すごく嬉しいよ。

 

要所要所にフェイクをカマせてあるよ。人物特定できないように。

恋を聴く人くりからん、聴いた相手のプライバシーと尊厳はキチンと守る。

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くりからん

障害者家庭生まれ貧民窟育ち。鉛筆とチラシの裏を使って人生を一点突破。過酷な過去を幸福に書き換えた 【笑う病人還暦サバイバー】。過酷な過去は将来の糧。不幸も人生のコンテンツ。笑えるネタに加工するのが幸せの道です。治療不能な遺伝性の血管腫と共に生きてます。もうすぐ背骨の大手術。還暦前の大規模修繕です。無事生き残ったら、関西人らしい本を書きます。

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