この記事の続きをこれから書こうと思う。
君は「その男と話すな、僕を見ろ」と言いたかったんだよな?
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障害者家庭で生まれ育った私の人生にも、ときどき幸せな時が流れていった。
脳海綿状血管腫をたくさん持つ私は、いつか突然 言葉を失ってしまうかもしれない。身体が動かなくなるかもしれない。命を奪われるかもしれない。
だから今のうちに伝えたいことがある。書き残しておきたいことがある。探している人がいる。
今日は、今でも心の隅で淡く香る春の話を書こう。
若葉が輝く美しい季節。私は12歳になっていた。
大切に育てられた家の子の暮らしを知る
自分の身の周りのことを嬉しそうに話してくる同級生がいた。1年前に転校してきた少年だ。
私の学区には似つかわしくない、有名企業の社宅に住んでいた。
私のどこに興味を持ったのかは分からないけど、いつも自分の身の回りのことを沢山話しては笑っていた。
珍しい子だな。
小学校を卒業する頃には、家から持ってきた本を貸してくれたりことが増えた。
子供向けながら質の高い物語ばかりだった。今読んでもそう思う。易しいけど優しい物語。
家庭に恵まれている子は文化水準も高いんだろう。
どちらも、様々な境遇にいる同級生たちが、誰も知らない場所に秘密基地を作り、仲間を助けて友情を深めていく話だ。当時の児童文学には珍しく、障害者・水商売・離婚した親が恋人を連れてくるといった、社会的問題にも切り込んだ話題作となっていた。
我が家にあるのは、父が脳動静脈奇形の手術前に買い漁った医学書くらい。「開頭手術」「輸血」「救急搬送」「癲癇」。漢字は医学書で覚えた。
私が自分の小遣いで最初に買った小説は、森村誠一の『人間の証明』。
戦後の混乱期にアメリカ兵の黒人に性的暴行を受けて産まれた子を捨てた女性。時が経つ。社会的名声を手にした彼女は黒歴史を消したくて、その子を殺してしまう。そんなエグいのを11歳の時に読んでいた。面白かった。
これは私の手元にある初版本の表紙。昭和52年。
でも、その子が貸してくれる本たちのお陰で、友情の大切さや 仲間を思いやる心の美しさを知った。
その子の自分史ノートを読んだこともある。生まれてから今までのことが事細かに書かれていた。夏休みの宿題として、クラス全員が書いたものだ。
この子が多くの人から愛されるのは、生まれた時から大切に育てられてきたからだと感じた。
私とは大違いだ。
我が家の周りには、ヤク中のシングルマザー、駆け落ち同然で子供を置いて出ていった親、「ヤ」で始まる怖い人が珍しくなかった。
幼い時は知り合いの家を転々として育ち、不倫・酒乱・暴力・ネグレクトに関しては実体験を交えて語ることができる。できるけど、こんなことはおおっぴらに他人に話せる過去ではない。
私の自分史ノートは貸さなかった。昔の私に何があったかなんて、別にどうでもいいことだ。
ふたりだけで遊びに行こう!
やがて小学校の卒業式が済んだ。
その頃は父も日中は不在。弟はまだ春休みではない。生計を支えている母は今日も仕事だ。
宿題もないし、まだ中学校の教科書は手元にないし。ヒマだねえ・・と思ってた時に、いきなり玄関のチャイムが鳴る。
うわ。「貸本屋」が家に来てる。でも今日は手ぶら。何をしにきたんだ?と訝りながら扉を開けた。
「遊びに行こう!」
人懐っこいアーモンドアイがキラキラ光る。ドアの向こうを見渡したけど他に誰もいない。2人で遊びに行こうってか?
「そんなに遠くない。一緒に行こう。レンゲが満開できれいやで」
この辺にそんな田園風景が見られる場所があっただろうか?
「行こう!」
もしこの場に母親がいたら、このやり取りにやんわりと割って入っていたはずだ。
私もその子も身体の成長が早い。レンゲが満開ってことは山里だ。そこに2人だけで行かせるわけにはいかない。
家に誰もいなかったのが良かったのか悪かったのか。結論から先に書けば、小学生らしく遠足みたいなことをして帰ってきただけだ。
でも、レンゲを沢山摘みながら話したことは、学校で話すたわいのないことではなかった。人生の悩み相談をされることもあった。
「僕は『全天候性人間』や。誰とでも仲良くする。好かれるようにふるまってる。でもこれは本当の僕じゃない。本当の自分を分かってくれる場所が欲しい」
だからか。自分の生い立ちやら個人情報を自己漏洩してくれたのは。
「素の自分をちょっと出そうとすると茶化して笑う女子ばっかりや。声変わりの途中だった頃は、ヘンな声やて笑われた。そういうのがイヤやねん。でも、自分はそんなことをしない」
関西弁の「自分」はyouのこと。目の前にいる相手のこと。つまり私のことだ。
・・全天候性。屋内テニス場みたいだね。
「何を話しても茶化さない。何を話してもちゃんと聞いてくれる。僕はそういう人が欲しい。信じられる人が欲しい」
すぐ色んな人と仲良くなれる子にも、意外な悩みがあるんだな。
話を聞きながら、私自身のこれまでを振り返る。信じられない人達はたくさんいた。見てはいけないものを沢山見た気がする。私は誰にも頼らない。親にも甘えない。
けれど信じられる人が欲しい。私もそうだ。
「ほんまやな。信じられる人は大切やと思う」
こんな逢瀬を数回繰り返した。
悩みを口にしながら綺麗な川面を見ていた。柔らかい緑とレンゲの中で。
大人の目線で勘ぐるなら
「弱みを見せて母性本能をくすぐって女をオトす手口だなw」
などと思う。でも13歳になったばかりの少年に、そこまでの知恵があったとは思わないでおきたい。
いずれにせよ、もう過ぎ去った過去のことだ。
「僕の家で遊ぼう。他に誰がいるかって?他には誰もいてへんよ」
と言われた時は母に相談した。
案の定、母の顔が曇った。
「他の同級生の子を誘いなさい」
「4月3日は僕の誕生日やねん。お祝いするから来て」
と言われた時も母に相談した。
「お誕生日会に呼ばれたら、自分の誕生日の時にもその子達を呼ばなきゃいけなくなる。うちにはそんな余裕がない」と言われていたからだ。
差し出された手を握ったら呑まれる。そんな引力をにひるんだ日
やがて私達は中学生になった。私もあと1カ月で13歳になる。
いつものように木立を抜けて、川を見に行った時のことだ。
ぬかるんだ道を通ることになった。大きな石が点々と顔を出している。
運動神経のいい彼はひょいと対岸に渡る。
「飛ばなくても、石の上を歩けば大丈夫。転んだらあかんから手を出して」
優しさに戸惑った。私は守られている。女の子として扱われている。教室で見せたことがない笑顔だ。
そういやさっきから気になっていた。なんかいい匂いがする。これは香水かなにかだ。なぜ突然そんなものを。
手を伸ばしちゃいけない。きっと私の中で何かが崩れる。私はヤワな人間じゃないのに。なんで手を貸そうとするんだろう。私の方が大きいんだから、守らなくても大丈夫なんだよ。
「大丈夫。飛べるから」
きっとがっかりさせたことだろう。頼って甘えたら喜ばれただろうに。あと5歳くらい大人なら展開は変わっていたかもしれない。
藁の中を歩いた記憶もある。
「誕生日に何が欲しい?」と聞かれた時だ。
「信じられる友達とギターが欲しい」
ここは「え?嬉しい!何がいいかなあ♪」と答えるのが正解だ。けれど、私の口から出てきた言葉は、ぶっきらぼうな一言だった。
聞かれたから答えただけだよ。
「なあ。自分はどんな子が好き?」
面白くて優しい子。
「じゃあ真剣な話な、僕のことはどう思う?」
お、面白くて、優し、い、子。
聞かれたから答えただけ。それだけだよ。
初めてネックレスをつけた13歳の5月
それから半月経った5月の連休のある日。
「自転車に乗って買い物に行こう。誕生日のプレゼントをあげたい」
場所は電車で1駅だというのに
「いつも下っていく坂道の入り口で待ってる」
駅に行かないのか。また田んぼと畑と林の中を。しかも自転車で。
やっぱりこれも母親相談案件だ。どこに誰と遊びに行くのか、遠くに行くときは必ず親に言わなきゃいけない。
母の顔は非常に曇った。そりゃそうだわな。中学生になったばかりの娘が、同級生の男と2人で遊びに行くわけだから。
でも今度は「行くな」とは言わなかった。
約束の日の前日。その子が住む社宅の前を歩いてきた母がこんなことを言った。
「あの子な、一生懸命に自転車を磨いて手入れしてたわ」
なぜ、そこまでしてくれるんだろう。何かが心をきゅっと締めつけた。
当日、私は生まれて初めて自分の意志でネックレスを身につけた。
約束の場所に到着した。
笑わない。射抜くような目で私を見ているだけだ。
なんで?機嫌が悪い?
突然、足を引っかけていたガードレールを蹴って勢いをつけ、自転車のペダルを踏みだし始めた。
一言も語らない。どうしたんだよ。怖いじゃないか。
教室でふざけてる時とはまるで別人だ。レンゲの中で話をしていた時の顔でもない。なんだこの迫力は。
引力に引っ張られるように後ろをついて自転車をこいだ。赤いトレーナーを着た背中がずっと目に入る。小学生の時から着ているものだ。
でも、コロコロと楽しげに話し続けた あの頃の少年はもういない。今 私の目の前にいるのは青年。この子は大人になろうとしている。
ムダに回り道をし、延々と下り、延々と登り、やっと電車で一駅しかない場所にたどり着いた。
まだここは開発されて日が浅い。私たちの校区から遊びに行く人はほとんどいない場所だ。というのに、勝手がよく分かっている。
すっと自転車置き場に行き、迷うことなく目当ての店まで行き、買う予定の商品があるところまで一直線だった。
後になって、この子の親友の大人しくて真面目な子が私にこう言った。
「下見に付き合ってくれって頼まれたんや」
「僕はこれがええと思うねん」
彼が手にしたのは、GodiegoのBeautiful Nameという歌のレコードだ。
このバンドは、同じ歌を日本語と英語で歌い分ける。表面が日本語、裏面が英語。
その年は国際児童年で、Beautiful Nameという歌がシンボルソングになっていた。
何度か聞いたことがある。日本語版も歌詞の半分は英語だった。
私たちは中学校に入って1か月と少し。英語を習い始めたばかりだ。聞いたことがある歌だけど、半分は何を言ってるのか分からない。
英語を理解できるようになった時、確かにいい歌だと思えるようになった。
名前とは命と同じ。どの子にも素晴らしい名前があり、生まれや育ちが違っても、肌の色や体格が違っても、どんな子供も大切な命を輝かせて生きている。だから名前を呼ぼう、素晴らしい名前を。
その後の私は、分からない歌詞に我慢ができなくて、英語の辞書を引き、歌詞を覚え、やがて歌の意味を理解していった。
英語が好きになったきっかけはこの子だ。
それにしても、なぜアクセサリーじゃなく、分かりやすい恋の歌でもない、全く「色」がついてないプレゼントを選んだのだろう。
もうそんな昔のことはどうでもいいかw
アクセサリーは歳と共に似合わなくなる日がくる。でも、身につけた知識は一生モノだ。
私の心にも女の子がいた
そういや、自転車を止めて休憩をした時、冷えたコーラの缶を買って渡してくれた。飲み終わった後、缶を捨ててくれようとする。おごってもらってゴミまで捨ててもらうのはいけない。
とっさに出た言葉が自分を驚かせた。
「わ、私が捨てにいくぅ!」
な、なんだこの甘えた言葉は。自分が言った言葉だと信じられなかった。恥ずかしいじゃないか。
彼はうつむいて、ふふっと笑った。
私のどこに「女の子」が隠れてたんだ。血が熱くなった。恥ずかしい。どうしたんだ私は。
なんでお兄ちゃんみたいな口をきくんだ。私を子供のように可愛がるな。心の中で何かが崩れていく。
やめろ。私が私でなくなってしまうじゃないか。なんで笑ってるんだ。何がおかしい?なんで嬉しそうなんだ?やめろってば。優しそうに微笑むな。
私はケンカで負けたことがない。
でもこの子には勝てない。でも、勝とうとしなくていいのかもしれない。たとえ私が彼に守られる存在になったとしても、それは負けではなさそうだ。
人生には色んな側面があるんだろう。勝った負けたの世界だけが世界ではないのかも知れない。
この子は小学生の頃から優しかった。でも、ここ2ヶ月くらいで見せる優しさには、昔とは違うものがにじみ出ている。私を飲み込もうとする何か得体の知れないものだ。
近づきすぎると呑まれる。沼のように抜け出せなくなる。
有り体に言えば、この子はほんのりとエロくなった。
腕の毛が濃くなり、喉仏がはっきりしてきた。すべすべしていた頬にニキビができ、うっすらとヒゲらしき影ができている。
「この子」と呼んでいいのか分からない姿に変わろうとしていた。
あの頃の春は眩しかった。青葉をたたえた青年の美しさに幻惑された春。
若樹の香りに幻惑されたあの時に向けて
あれからもう40年経った。
Godiegoの歌を聞くたびに思う。あなたは、13歳の頃の私を一番よく理解してくれた同級生だったと。
願わくば伝えたい。
13歳のあなたを通して見た世界はとても美しかった。
ありがとう。
私の脳と脊髄には海綿状血管腫がたくさんある。いずれ障害の程度は上がっていくことになるだろう。
いつそうなるかは分からない。だから、どうせあなたには届かないことは分かりつつ、ここにお礼を書いておく。
私に感情があるうちに。文字を打つことができるうちに。
あなたを最後に見たのは20歳の時。華やかな舞台の上で指揮棒を振っていた。客席にいた私の横には、あなたの両親とお兄さんがいた。顔を見なくても分かった。お兄さんの声があなたとそっくりだったからだ。
偶然のことだ。
人が生きていく道のベクトルは違う。人生のある時期、自分のベクトルと交差する人が現れる。そしてやがて離れていく。
時の流れと共に、お互いが相手に求めているものが変わっていく。これは仕方のないことだ。
一生同じ価値観のままぴったりと寄り添って生きていける人間は、おそらくこの世にはいない。誰だってそうだと思っている。あなたともそうだったように。
つい先日、うちは銀婚式を迎えた。
人を信じて生きていけることは、本当に素晴らしいことだとしみじみ思う。
どうぞ幸せであって下さい。そして、あなたは元気で長生きしてください。
【追記】再会してしまったじゃないか!
この記事を書いた数年後、私はこの子と再会した。11歳から19歳までの約10年。10代の最初と最後を共有した元少年・元青年は、還暦前のオッサンになっていた。
しかし。いろいろと悲しかった。別記事にしたけど1万字ちかくの長文記事だ。13歳から40年経ったある日。椅子を吹っ飛ばし、声も出せぬまま、口を押えて立ち尽くした。
初恋の思い出をぶっ壊してまで信者を獲得したいのか
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