障害者と生きる・障害者として生きる

退職後の幸せを逃さぬために必要なものは誰しも1つ①

 

退職理由が異なれど 退職後に訪れうる問題には共通点がある

 

健康であろうと病人であろうと 定年退職者であろうと中途退職者であろうと

仕事を辞する日は、働いている人にはいつか必ず訪れる。自ら望んで仕事を手放す人もいれば、会社の都合でクビを切られて仕方なく職場を去る人もいる。あるいは、病気や障害を負って、苦渋の決断で職場を離れねばならない人もいる。

職場を去る理由はさまざまだ。私は2020年3月をもって自ら職を辞した。以来、コロナ禍の引きこもり期を含め、一切仕事に就いていない。仕事関連の人間関係や環境が大きく変わった上に、コロナ禍で外出もままならない中、これまでの生活と大きく様変わりした日々を送った。そんな中で一番強く感じたのは、職を辞した後の心のコントロールや生活習慣がいかに重要で、これを誤ると定年後の人生が大きく損なわれてしまうということだった。

色々考えていく中で、この問題は、健康であろうと病人であろうと、定年退職者であろうと中途退職者であろうと、もう仕事をしない・できないという立場であるなら共通のポイントを抱えていると気が付いた。その内容を記事にしてみようと思う。

自分の経験から書くので、出てくる実例は <病人もしくは障害者> のケースが多い。でも、退職後に直面する問題には、共通性があるので、健康な人も自分に置き換えて読んでみて欲しい。

 

退職理由が何であれ、仕事をなくすと損なわれかねない自己評価

ここからしばらくは、病気や障害を持っている人間を例にして話を進めよう。

健康に問題を抱えている人間は、定年まで働けないリスクが健康な人間よりも高い。そのご多分にもれず、遺伝性の病気を持っている私の周りには、若くして仕事を手放した、手放さざるを得なかった人が何人もいる。まだ働いていても、満身創痍な身体で必死に仕事にしがみついている人もいる。

私の周りで職を辞した人達の例は、私も含めて大体こんな感じだった。

 

  1. まだ十分働けるが、お金のためにムリをするより、身体が動くうちに人生を楽しんでおきたいので辞めた(病人FIREとでも呼ぶべきか?)
  2. パフォーマンスの低下を自覚している。惨めな姿で職場を去りたくない。惜しまれるうちに辞めたい(去り際の美学を重視。花道は自分で用意した)
  3. これ以上働いたら命にかかわるほど体調に余裕がないため自ら退職を選んだ
  4. パフォーマンスの低下や人員整理で不本意ながら解雇された
  5. 突然倒れたり事故に遭ったりして働けなくなった(健康な人にもありうるパターン)

 

1.2.は自らキャリアに終止符を打てたケースで、非常に恵まれた離職だと言える。経済的に困っていないからこそ選べる選択肢だし、ある程度、これまでの職業人生に納得感も感じているからこそ、未練なく職を辞すことができたのかもしれない。

しかし3.4.5.は悲しみ・喪失感・怒りに心が翻弄されるだけでなく、多くの場合、経済的な準備が十分でないことが多く、生活面での困窮から来るストレスも非常に大きくなる。

 

このように、離職理由によって真逆と言っていい感情を抱くことになるわけだが、それでも1~5すべての離職者に共通して存在する、退職後の注意点がある。

それは、退職理由が何であれ、自己評価や自尊心のうち、仕事をすることで得られていた部分が確実に失われるということだ。1.2.のように、自ら退職を選んだ人間にも無縁とは言えない。これは、定年を待たずして自ら離職した人達を実際に見てきた私の実感である。

 

だから、仕事がなくなった後も豊かで幸せな人生を送るためには、事前の心構えと準備が不可欠なのだ。コトが起こってから考え始めるのでは遅すぎる。仕事をしているうち、まだ元気でいるうちに、知っておくべきこと・やっておくべきこと・覚悟しておくことが確実に存在する。

 

くり返しになるが、

退職までの道筋がどうであれ、その後にやってくる喪失感との向き合い方を間違えると、人生の歯車が狂い、自己評価や自尊心が低下し、つらい生活を送ることになってしまうことは避けられない。

 

仕事から解放される人生を豊かなものにするために。あるいは、心身の不調を抱えつつ生きている日々を少しでも快適に過ごすために。仕事を手放した後の心のありようを間違えてはならない。自己評価や自尊心が下がらない生き方を模索してほしい。

 

 

そもそも、なぜ自己評価や自尊心の低下に気をつけるべきなのか

 

これは健康な人・病気の人、健常者・障害者にかかわらず、どんな人にも共通して言えるポイントだが、自己評価や自尊心が低い人生にはロクなことが起こらない。

 

寿命が縮まる

自己評価や自尊心が低い、つまり、自分に価値がないと思ってるひとは、自分のことを大事にしなくなる。大事じゃない人間のために面倒なことはしたくないもんね。

例えばお風呂。SNS上で「お風呂キャンセル界隈」という言葉を見たことがあるが、気持ちが落ちてくると入浴がとんでもなく面倒になる。そのうち自分が臭くなり、汚くて無価値なものに思えてきて更に自己肯定感が下がる。不衛生な暮らしをしてると病気になる。

また、大事じゃない人間のために自炊をするのも面倒だ。その辺の総菜でも食わせとけばいい。なんならお菓子でもいい。そのうち買い物に行くのも面倒になって、夜中にコンビニで酒とテキトーなツマミでも買って終わり、なんてことにもなりかねない。一人暮らしの人はもちろんのこと、子供がいてもこんな生活になる人がいないわけじゃない。こんな食生活が身体にいいわけがない。やはり病気を引き寄せる。

酒や薬物に手を出して抜け出せなくなることもある。身体を壊すのみならず、精神を壊し、人間関係や家族関係が破綻する元にもなる。

 

人間関係が希薄になる

自己評価が低すぎる人は相手を気疲れさせ、結果として人が離れていく原因を自ら作り出してしまう。いつも「私なんて・・・」と暗い表情をしている人と友達になろうと思う人は非常にレア。だってつまらないでしょ。会うたびに慰め、気を遣い、腫物に触るような人間関係は長く続かない。よほど仲が良く辛抱強い友人や家族は別だ、と思うかもしれないけど、半分は正解で半分はそうじゃない。いずれ彼らも疲れ果てて疎遠になる。実際そういうケースを私は見てきた。

また、「こんな私が受け入れてもらえるはずがない」と尻込みしていては新しい人間関係は築けない。仕事を辞めてしまったら仕事つながりの人間関係がなくなるので、新しい知り合いや交流の場を持たないとお付き合いの幅が狭くなってしまう一方だというのに、知り合いの新規開拓を行わなければ人間関係は当然先細る。

 

悪い誘惑が近づいてくる

大げさだと思うかもしれないけれど、私が見聞きした範囲のこととして読んでもらえると嬉しい。自己評価が下がりって人間関係が希薄になる(つまり孤独になる)と、色々悪い誘惑が近づいてきたり、時には自分から近づいて行ってしまうことがある。

「こんな私にも優しくしてくれる」と仲良くしていたらネズミ講のカモにされてた。気づいたら宗教団体に絡めとられてた。犯罪の片棒を担がされていた。有り金を吸い取られて捨てられるだけかもしれない。そんな集団から抜け出したくても、親身になって助けてくれる人がいない。最悪、自暴自棄になって犯罪を犯したり命を絶ったりする可能性もある。

 

「そんな大げさなw」と笑うだろうか。笑える人は幸せな人だよ。私は子供の頃に貧民窟と揶揄される貧乏人と障害者がたくさん住んでいる団地にいて、仕事に就きたくても就けない人たちがどんな暮らしをしているかを見てきたんだ。底辺、と言っては失礼だけど、そういう世界もあるんだよ。無縁な世界だと思ってたんじゃないかな、ご本人たちも。悪事というのは、弱った人間を標的にしてやってくる。

 

 

退職後の心の持ち方に気をつけねばならない。あなたが病人なら特に

 

仕事を失ったあとに訪れる(かもしれない)自己評価や自尊心の低下は、想像以上に退職後のQOL(生活の質)に大きな影響を与える。健康な人でもそうなので、病気や障害が原因で仕事を手放すことになった人は、失職によるメンタルへの悪影響には特に気をつけねばならないと私は考える。

冒頭部分で、病気や障害によって仕事を手放す理由として、以下の5つを挙げた。

 

  1. まだ十分働けるが、お金のためにムリをするより、身体が動くうちに人生を楽しんでおきたいので辞めた(病人FIREとでも呼ぶべきか?)
  2. パフォーマンスの低下を自覚している。惨めな姿で職場を去りたくない。惜しまれるうちに辞めたい(去り際の美学を重視。花道は自分で用意した)
  3. これ以上は働けない。もう限界だ。自ら退職を選んだ
  4. パフォーマンスの低下や人員整理で不本意ながら解雇された
  5. 突然倒れたり事故に遭ったりして働けなくなった(健康な人にもありうるパターン)

 

病気や障害で仕事を手放す人は、1.2.ではなく3.4.5.が原因となっていることが多いと考える。自らの意志で退職を選んだのではなく、他人や病気・障害によってムリヤリ仕事を奪われて放り出された状態だ。

要するに、身体や心に病を抱えた状態で、「オマエはいらない、役立たない」と烙印を押されて放り出されるのだ。自尊心へのダメージは相当なものだ。非常に残酷な宣告となろう。だから本当に気をつけないと、生活も人生も息の根を止められるレベルまでズタズタになりかねない。実は私の父親がそうだった。一番つらいのは父自身なのだが、私たち家族への影響も甚大だった。当時のことは思い出したくないことばかりだ。

 

 

次の記事では、仕事を手放したり失ったりした後に、どのような考え方・生活習慣を心がければ、自己評価や自尊心を大きく損ねることなく、そこそこ幸せな暮らしができそうか、病人や障害者の例がメインとなるが、実体験の範囲でいくつか列挙してみたいと思う。

 

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くりからん

全身に遺伝性の血管奇形があります。脳や脊髄、身体を支える大きな骨に至るまで。出血するたびマヒや発作が強くなるのに、手術は危険なのでできません。そんな人生も半世紀を越えました。老後が見えてきた今。何をしておきたいか。どんな人生を送りたいか。日々考えてます。

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