ゆるやか不定期日記 障害者と生きる・障害者として生きる

泣いて苦しんでた あの頃の自分を 優しくなでてやりませんか

私は大阪道頓堀の川のほとりに座っていた。誕生日まであと数分。日付が変われば私は50歳になる。

グリコの看板が見える場所に腰かけ、杖をベンチに立てかけ、半世紀の人生で起こったあらゆることを思い出そうとしていた。

未昇華で未解決なままの悲しさを抱えたままの昔の自分を探したかったからだ。

 

悲しみ苦しみを抑圧したまま生きている人は幸せになれない。

私の人生は色々と特殊だった。何があっても感情を麻痺させ、与えられた環境に順応することしかできなかった。

でも50歳になる今なら、あの頃の自分を慰めてやれる。

 

人生の後半戦を楽しく生きていきたいのなら、過去の抑圧を解き放つことは、とても大事な老い支度。

今日はそんなことを書いてみたいと思う。

 

人生という川が流し去った過去

人生は流れゆく川にたとえられることが多い。

穏やかなさざめきも、荒れ狂う濁流も、決して流れを止めることがない。

水面(みなも)に何かを浮かべ、巻き上げた水底(みなぞこ)の土と共に、あらゆるものを淡々と海に流していく。

 

私の人生もそうだった。穏やかなさざ波はやがて濁流に変わり、色々なものを押し流していった。

 

健常者だった両親と過ごした穏やかで温かい時代、私は「お嬢様」と呼ばれる立場で育った。

しかし、病気と貧困は人の人生をいとも簡単に絶望に変える。波に呑まれてこのまま沈む!と覚悟したことは数知れずある。

最初にそう思ったのは6歳。父が障害者になり、色々な家庭の事情で知り合いの家に預けられていた頃だ。

一升瓶で頭を割られそうになったこともある。空腹のあまり公園で木の枝を食べたことだってある。

 

人生は川だ。川だからこそ人は生きていける。

どんなに辛いことだって、半世紀単位の時間が立てば、遥かかなたの海に流し去ってくれる。

苦々しいものが残っていても、当時の色合いと比べれば随分薄くなっている。

流れ去っていったものは懐かしい。苦しかったことでさえ懐かしい。

 

心が納得していない負の記憶は 自分を一生傷つける

ただし、苦しみが懐かしさに変換されるのは、心の中で整理がついている苦しさ限定。

整理がつかない苦しみは、いつまでも川岸に引っかかったまま、ぐるぐると水流にもてあそばれて心の壁をこすり続ける。

ヘタすれば一生その苦しみに心を傷つけられて暮らすことになるかもしれない。

 

私の心の川の淀みに、いつまでも無意識に引っかかっている苦しみの種は残ってないだろうか。

納得がいかないまま諦め、抑圧し、忘れたふりをしている悲しみはないだろうか。

 

グリコのにいちゃんを眺め、温かいほうじ茶をすすりながら、記憶に残っている4歳からの時の流れをたどっていた。

・・・あ。

時の流れのあちこちで、まだ鮮血を流して泣いている私がいた。

普段は意識していない過去の私が、物陰に隠れて声を殺して泣いている。

何人もの私が泣いている。

 

日付が変わった。

私は50歳になっていた。

 

泣いている昔の自分を慰めよう。50代の今ならきっとできる

50代は記憶を整理するのに最適な時期

苦しみや悲しみを取り除くのに、50代は非常にいい時期だ。ラストチャンスと言ってもいい。

理由は2つある。

1つ目の理由は、まだそれなりに体力と気力があること。

問題を解決するためには、まずは問題を直視せざるを得なくなる。

つまり悲しみ苦しみを追体験することになるわけだ。

問題の大きさや程度にもよるが、心に掛かる負担は大きい。つまり強靭さが必要となる。

老いて病気や障害を抱える身で、今と同じことができるとは到底思えない。

 

2つ目の理由は過去を俯瞰(ふかん)できるだけの人生経験も積んでいることだ。

視点が地面近くにあると、小さな石ころも巨大に見える。これが子供の時の状態。

しかし視点が高くなればなるほど、同じ石ころはだんだんちっぽけになり、やがては見えなくなる。

邪魔なら蹴飛ばすことだってできるかもしれない。

「いや、まだ全然手ごわい」と思う出来事もある。それでも、当時は見えなかった背景が見えてくることは確かだ。

 

私は、20代の頃に職場で陰湿ないじめを受けたことがある。

私をいじめた相手は、今の私と同年齢のオバサン。親子ほど年の差がある関係だ。

当時はなぜいきなり私をいじめ始めたのか全く分からなかった。「落ち度があったのなら誠実に謝りますごめんなさい」と何度言ったことだろう。でも決してオバサンは私を許さなかった。

 

・・・でも今振り返ってみると、実にアホらしいからくりが見えてきた。

コトの顛末(てんまつ)はこうだ。

ある時 私がなにげなく口にしたことが職場のボス的女性の耳に入った。

私をいじめてるオバサンにとっては、それがボスの耳に入ると自分の立場が悪くなる、と思われることらしかった。

事実、ちょびっとだけイヤミを言われたようだ。

しかしながら、ボスは豪快だけど腹にモノを溜めない人なので、イヤミを1度言ったあとは、いつも通りに戻る。オバサンとも同僚として普通に仲良くやっている。

 

なのに「あの人に嫌われたら、職場で私の立場が危ない。なんてことをしてくれたの!」と私をなじり、オバサンは私の心を踏みつけ続けた。

あの頃は両親が重度身体障害者となり、母に至っては植物人間状態に陥っていた。それだけでも心が折れそうだというのに。オバサンはそんな事情も知ってたというのに容赦なかった。

 

でも今なら分かる。なぜオバサンが弱り切った新米の私をいじめ続けたのか。

ボスに気を遣い続けてた長年のストレスを発散できる相手(私)を見つけて、オバサンは心から嬉しかったんだろう止められない程の快感と解放感に浸れたのかもしれない。

 

当時のオバサンと同じ歳になった今、私は自問自答してみた。

20歳そこそこの娘をつかまえて私は同じことをやるだろうか? 恥ずかしくてとてもそんな気にはなれない。

「いい歳して何やってんのバカじゃねw?」と周りに笑われるのがオチだし、自分自身の大人げなさが恥ずかしくなるばかりだ。

 

・・・そんなオバサンだったんだよ、昔のオマエを踏みつけにしてたのは。

くっだらねえ女だ。まだ生きてるかどうか知らんけど、笑ってやれ。「未熟で弱いのは私ではなくてアナタです」と心の中で呟きながら。

昔のちいでるよ。オマエは不器用だったかもしれないが悪くない。悪くてみっともないのはあのオバサンの方だ。

だから自分を責めなくていい。泣かなくていい。あの頃のオマエは立派だったぞ。

 

昔の自分を見つけるには 文章を書くのが一番いい

こんなふうにもっと過去の自分も慰めてやりたい。

いつまでも川岸にぶつかりながら痛い思いをさせたくない。

どうすれば、心の奥底にいるあの子達に手が届くだろう。

 

問題を解決するためには陰(無意識)からオモテ(意識上)に出てきてもらわないといけない。

そして、いったん自分と切り離して、昔の自分を別人だと思って見る必要がある。

そうすることで、第三者的視点で冷静に考えられる。

昔の自分をどう慰めてあげればいいかも分かる。

 

私は、当時の自分を文章にしてみることで、泣いてるのは今の自分とは別人だと考える方法をとった。それがこのブログだ。

 

ブログを書くことで、随分心が軽くなった

背後からにゅーっと手が伸びて、過去に引きずり込まれそうになることも随分減った。

たまに にゅーっと手が伸びてくることもある。そんな時には

「うわーw ごめんなさあああいwwww イジメって楽しいっモンすか先生wwww」と豪快に笑って逃げている。

「笑う」というより「嗤う(わらう)」かなw

 

そう、私をいじめてたオバサンは先生だったんだよ。

時が立てば笑い話。ま、人生にはよくあることだ。

 

自分を苦しめる過去からの脱却は大切な老い支度

何歳まで生きようと、半世紀という大きな節目までたどり着いた同世代の人に言いたい。

過去を悲しみから解放しよう。そうすれば、あなたの過去も将来も自分の手で幸せにできる。

老い支度というのは、お金の心配・不用品の処分・家のバリアフリー化だけじゃないんだ。

モノの整理や処分は、あなたでなくてもできることだ。家族が代わりにやってくれるかもしれないし、業者に頼んで一気にやっちまうこともできる。

でも、心の中の問題に決着をつけるのは、あなた自身以外にはいないんだ。

他人任せにできないという点で、過去の自分を悲しみから解放することは、ある意味 最重要な老い支度。

 

 

半世紀生きてきて痛感するんですよ。

幼かったあの日。若かったあの日。泣いて苦しんでいた自分を慰めてやることの重要性を。

もう目の前にいない人におびえたり、過ぎ去った問題に苦しめられたりするのは辛いものです。

歳を重ねても自力で解決できない問題もありますが、

もしそうでないのなら、あの頃の自分を慰め、抱え込んでいる悲しみを手放すように優しく語りかけ、頭をなでてあげてはどうでしょう。

「よく頑張ったね。偉かったね。辛かったね。寂しかったね。泣きたかったよね。助けてほしかったよね」って。

子供の頃の自分を救ってあげましょう。大人になった今ならできるかもしれません。

 

これを読んでくださっている、私よりも若い方々。

歳とるのって、案外 悪いもんじゃないっすよ。

 

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