義母が生前、私と会うたびに言い続けてきた言葉が今も心から離れない。
「わたい、リウマチで指がこない曲がってしもて。家のこと、なんもよぉせんよぉになってしもたんやけどな。
お父ちゃんがおるさかいに。お父ちゃんがおって、何でもちゃーんとしてくれるよってに、ほんまに助かってますねんわ。
お父ちゃんがおるさかいに、わたい、ほんまにありがとぉて」
(私、リウマチで指がこんなに曲がってしまって。家のこと、何もできなくなってしまったんだけどね。
お父ちゃんがいるから。お父ちゃんがいて、何でもちゃんとしてくれるから、本当に助かってるんですよ。
お父ちゃんがいるから、私、本当ににありがたくて)
毎回、満面の笑みで私にそう言い続ける。イヤらしい計算など全く感じさせない表情と声。
「こう言っておけば、近くにいる夫の耳に入って、喜んで家事をやってくれるだろうw」
とか
「帰ってきた時くらい、ヨメのアンタが家事を全部やりなさい」
というどす黒い計算はゼロ(だったと思う)。義母も義姉も、少し体の動きが悪い私を責めることは一切なかった。
ただただ夫の素晴らしさと有難さを誰かに話したくて仕方がない。そんな風にしか聞こえない言葉だった。
義父は80歳を越えていたけれど壮健で、料理・洗濯・庭掃除はもちろん、遠方の美味しい肉屋まで自転車に乗って買い物に行くような人だった。
手際よく作られた料理の出来栄えは、大正生まれの男性が作ったとは思えない見事さ。長年やってきたんだなとすぐ分かる味だった。
ありがたいありがたいと言い続ける妻。何も言わず当然のように家事をやっている夫。
古い木造の家はつつましやかで簡素な作り。小さな庭にはネギの根っこを植えてある。若い頃に自作したらしい物置きには、きれいに洗ったプリンのカップまで丁寧に納められていた。
『北の国から』で五郎さんが建てたような小さな木造住宅に住む老夫婦。家をきれいに掃除し、庭を有効活用し、浪費をせず、お互いをいたわり合って静かに暮らす老夫婦。
「ありがたい、お父ちゃんのお陰で私はこんなに幸せに暮らしていられる。本当にありがたい」
80歳に手が届こうとしている義母の指は、第一関節が45度近くも曲がっていた。これは痛いに違いない。10本の指は右に左に曲がっている。
しかし、心から夫に感謝して笑う義母は幸せな人だと思った。
そういや、私の夫が私と出会う前に1度だけお見合いをしたという。当時の夫は30代後半。相手の女性は34歳。歯科医の娘さんだと聞いた。
いい具合に話が進み、そろそろ決まるかな・・・と思っていた矢先、残念なことに先方からお断りの連絡がきた。
どうやら内々に夫の実家、つまり木造の古ぼけた家を見に来たようで、「こんな貧乏な家の息子なんか止めなさい!」ってことで破談になったという。
儲かってる歯医者の両親からすれば、粗末な小屋くらいにしか見えなかったに違いない。気持ちは分からなくはない。
彼らの目には小屋にしか見えなかった家の中で、お互いをいたわり合いながら暮らしている人達がいるってことには興味がなかったってことだね。
まあ、見合いなんてそんなもんだ。
その話を聞いた時
「理由はともかくとして、破談にしてくれてありがとう」
と心の中で感謝した。
夫がいるから。
夫がいることが本当にありがたい。
私の家事が行き届かなくても文句なんか一つも言わない。
当たり前のように全部家事はこなしてくれる。
義父と同じ。
そんな義両親が苦労して育てた息子は勤勉で優しい。いつも笑っている。不機嫌になるのは、身体の負担になることを私がやろうとした時だけ。健康じゃないんだから無理をしてはいけないと諭す。
息子は父親の背中を見て育ったんだな。
「この人がおるさかいに、わたいも幸せに暮らさしてもろてます(この人がいるから、私も幸せに暮らさせてもらってます)。ありがとうございます」
私もいま義母と同じことを思う。
私は健康じゃないしモテない人生を送ってきたけど、男運は最高だったと密かに自負している。
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